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△△社 -

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概要

△△社は、音楽制作会社。元々はイベントの設営・運用が主たる業務だったが、ローズ+リリーのメジャーデビュー以降は、アーティスト・マネージメント部門の売上が大きくなる。スリファーズが売れたことで、マネージメント部門(△△音楽出版)とイベント運営部門を分社化した。

所属アーティスト

括弧内は(メインボーカルの)生年/デビュー年。

 crewsaw(indies), リリーフラワーズ(1984/indies.2008解約), ピューリーズ(1992/2009), kazu-mana(1987/2009), ヤヨイ(2009/2012年頃事実上活動停止), 市ノ瀬遥香(1988/indies), スリファーズ(1996/2010), ELFILIES(1989/2006;2010/2014解散), 槇原愛(1995/2010), アンナ・ガールズ(1997/2011),

所属社員

 津田社長, 甲斐涼香制作課長(アーティスト部門統括)(ピューリーズ・スリファーズ担当),堂本(スリファーズ副担当),長沼(ピューリーズ副担当),野口美鈴(ELFILIES・アンナガールズ担当),遠藤千景運営課長(イベント部門統括),森下,田代,飯田(槇原愛担当)など 

ローズ+リリーの契約問題

ローズ+リリーは2008年9月から12月まで「暫定契約」していたが、後にこの契約は無効であったとされた。従って、法的にはローズ+リリーは△△社に所属していたことはないので、「ローズ+リリー」という名称の使用権も△△社には無かった(名称使用権はマリケイに属する)。ただしローズ+リリーがUTPと契約するに当たって、須藤は名称使用などについて(儀礼的に)津田さんの了承を取っている。なお「ローズ+リリーのサイン」の意匠権は帰属が曖昧であったが、ローズ+リリーが活動休止に追い込まれた際に、★★レコードで暫定管理することになり、活動再開後は、名称同様、マリとケイに帰属することが★★レコードと△△社の間で取り決められた。

須藤美智子

須藤美智子は1996年から「アルバイト」としてこの会社で照明・PA・舞台装置操作などの仕事をしていた。2000年にビリーブを見い出し、津田社長にこの子たちを売り出しましょうと提案するが、スター性が高いから、○○プロに連れて行った方がいいと言われ、連れて行くと、浦中部長から、あんたがマネージャー兼プロデューサになれと言われ、そのまま○○プロに入社して、ふたりをマネージングした。

その後エピメタリズムのマネージャーをした後、エピメタリズムの解散とともに○○プロを退職。しばらく充電したいと称して、△△社に舞い戻り(今度は正社員)、そこでローズ+リリーを見い出して売り出すことになる。しかしローズ+リリーを結成させた時の「アーティストすりかえ問題」とローズ+リリー自体の「契約不備問題」の責任を取る形で辞職した。

△△社の歴史

1978年頃から、津田邦弘が大学に在学中のまま、イベント運営の仕事を始める。1980年友人と共同で△△社を創業(大学は結局卒業したのかどうか覚えていない、と本人の弁)。1984年に社員の一人に株を無償譲渡して取締役になってもらい、株式会社化した。

最初は純粋にイベント運営のみの仕事をしていたが、1990年頃からセミプロアーティストのプロデュースや音源制作も手がけるようになった。1996年に雀レコードが設立されると、その親会社の○○プロとは同プロの設立(1987)以来友好関係にあったことから、所属アーティストのCDをそちらから出すことができるようになる。

可能性のあるアーティストは積極的にメジャーデビューもさせていたが、ローズ+リリー以前はほとんど当たったことが無かった。


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